どうしようもなくどうしようもない
僕はきっと最初から彼女のことが好きで、彼女にとって僕はただ友達の一人だった。最初から、最後まで、変わることはなかったと思う。
「ねーねー」
「な、ななな何だよ!」
「? どしたの?」
それに気づいてしまった瞬間、僕は、彼女と普通に会話することができなくなってしまって、彼女は、そんな僕を、特別に扱ったりはせず、ただ、
「変なの」
と、一度だけ、不満そうに漏らした。
それから僕は、彼女を見るたびに胸が高鳴り、どうしようもなくなってしまった。彼女は、今までと変わらない様子で、僕と接してくれていた。
そんななか、みんなも一度は期待するイベントがあった。
どうしようもなくどうしようもないから、
2月14日。特に気にしないように心掛けていても、つい、女子がどのように動くのか、友達と観察してしまっていた。誰が誰に送るだとか、どうだっていいことを、他のことを考えながら、話していた。
あいつは、誰にチョコを渡すのか。
僕の頭の中は、それでいっぱいだった。そういやあいつは最近あいつとよく喋っていたし、あいつはよくあいつを見ていた。ぐるぐるまわる、嫌な感情。だってあいつはかわいいんだ、狙ってるやつはいっぱいいるんだ。そのなかでも僕は、かなり、下なんだ。
「おーい?」
「うお!?」
「なんだよー、見てればもらえるってわけじゃないぞ?」
そんなこと、分かってる。またどうだっていい話を再開した友達を置いて、僕は、特にあてもなく、教室からとび出した。教室にいたら、あいつが誰かにチョコ渡すとこ見るかもしれないだろ。そんなの、嫌だろ。
どうしようもなくどうしようもなくて、
向かった先は、図書室。さっきまで騒がしかったから、静かなところに行きたくて、着いたのが、ここ。しばらく椅子に座って休んでいたけど、図書委員の目が怖くて、適当な本を手に、また、座った。難しい本なんか分からないから、できるだけ簡単そうなのを選んで、教室が静かになったら帰ろう、それまでの暇つぶしだと、本の表紙をめくった。
数ページで、飽きてしまった。この本は失敗だったと立ち上がり、本棚の近くまで来ると、大きな本棚の影に見えるのは、大きな男。多分これは上級生。で、その向こうに立っているのは、
見間違えるはずがない、あいつじゃないか。
「せ、先輩、あの、」
「なに?」
「ずっと前から……す、好きで、」
僕は、手の力が抜けて、本を落としてしまった。けっこう重かったその本は、落下した衝撃で大きな音を立て、それに驚いて顔を上げたあいつと、目が、合った。
「!!!」
その瞬間に、真っ赤だったあいつの顔がもっと赤くなって、目には、少し、涙が滲んだ。泣きたいのはこっちだと思ったけど、あいつが僕の隣をすり抜けて逃げていったから、何も言えなかった。先輩と呼ばれていたそいつが、僕のことを凝視している。しばらくそのままだったけど、僕の足元に落ちた本を拾いに、近づいてきた。
「本がかわいそうだよ?」
「……」
「ほら、元の場所に戻してあげよう」
優しく伸べられた手を思い切り平手でたたいて、そいつの顔を睨んだ。そいつはそんなものでは怯まずに、たたかれた手と僕を見てから、静かに言った。
「あの子は、君の友達かい?」
友達という言葉がやけに胸に痛みを与え、それに耐えるように唇をかみ締めながら、小さく、頷いた。それを聞いたらまた優しく笑いやがったから、むかついて、また睨む。そいつの手が、僕の頭に乗せられた。
「あの子の告白は、断ろうと思っているよ」
そう告げられ、僕は、少し、うれしいと思ってしまった。好きなやつが失恋したっていうのに、傷ついたっていうのに、ひどいやつだと思った。また、笑われて、むかつく。
「想いはぞんざいに扱いたくないから、これはいただくよ」
僕の頭を撫で、本を本棚にしまってから、そいつはそう言って、床に落ちている、少しつぶれた箱を手に取った。もう用はないと、帰り際、また、頭を撫でて行かれる。子ども扱いされているみたいだったけれど、なんとなく、それが、心地よかった。
どうしようもなくどうしようもなくても、
教室に帰ると、もう誰もいなかった。友達も、もう帰ったみたいだ。明日、会ったら、なんて言えばいいんだろう。
「……」
静かななか、あいつのランドセルが机に置いてあるのに気づいて、まだいるんだ、と思った。自分の席に座って、静かに、用具をしまう。待ってれば来るかも、なんて甘いことを考えながら。
「なによ、まだいたの?」
「……ああっ!うん」
まさか本当に来るなんて思っていなかった僕は驚いてしまって、変な声が出た。ふうん、なんて言いながら自分の席に行ってランドセルを背負い、しばらくして、僕のほうを見た。何なのかよく分からず、首を傾げる僕のところに彼女がきて、こつん、と小突かれた。
「……な、何するんだよ!」
「断られちゃった」
友達が失恋したんだからなんとかしなさい、と、彼女は笑った。その笑顔がなんだかとても苦しくて、僕は、つい、言ってしまった。
「ぼ、僕は……お前のことが、好きだ」
「……!」
彼女はそれを聞いて、複雑そうな顔をした。悲しんでいるのか笑っているのか怒っているのか楽しんでいるのか何も感じていないのか、彼女は、ランドセルを机に置いて、中から、袋を取り出した。
変な期待で胸も頭もいっぱいになって、僕は、その袋を凝視していた。彼女が、照れくさそうに、下を見たまま、言う。
「義理チョコ…用意してたの、忘れてた」
差し出されたそれを受け取って、ありがというと言うと、義理だということを強調された。二人とも失恋か、なんて僕が言うと、彼女は、微妙な反応をした。たいして興味がないようなそれが僕はショックで俯いたのを、彼女は、両手を僕の頬に添えて自分に向けさせ、まっすぐな目で、言った。
「き、嫌いなわけじゃ、ない……から」
チャンスがもらえたと、僕は無性にうれしくて、彼女に抱きついた。彼女は、やめろ、なんて言いながらほどかなかったから、僕は調子に乗って、手を繋いでみた。それでも彼女は振りほどかなかった。
どうしようもないわけじゃない
次の日からも、僕と彼女の関係は、変わらなかった。今までどおりに会話して、今までどおりにふざけあって。
手を繋ぐことは、もうなかったけれど。