「北、居るー?」


 俺は最近、有意義な休日を過ごせていない。原因も全て分かりきっている。これは絶対に、休日になると「暇だ」と言って無理矢理家の中に入ってこようとする東のせいだ。あいつがあの時、俺に話しかけてこなかったら、絶対に仲良くなるはずがない性格の(それなのにあいつは話しかけてきた)。




『あっ、超人戦隊スーパーマンのハンカチだ!』
『(……)』
『ね、スーパーマンの中で、誰が好き? オレは絶対に、スーパーブラックだな!』


 その日に限って俺は、ハンカチを母親に用意してもらっていた。普段は無地かチェックの柄しか使わないのだが、母親が渡したのは弟の世代で絶大な大人気の《超人戦隊スーパーマン》のハンカチ。俺は「こんなのは子供っぽくて嫌だ」と否定したが、「あなたは子供でしょう? ほら、遅刻するよ、早く行って!」と急かされて、今日は手を洗わずに過ごそうかというほぼ不可能なことを考えながら(給食を食べる前に、先生が手を洗ってこない人を叱るから)学校へ向かったのだった。


『あのさ、オレ、おっきくなったらスーパーブラックみたいになるんだ! 悪い奴らは、スーパーブラックホールで宇宙に飛ばしてやるんだぜ!』


 そう言って、弟達が熱心に見ていたテレビの中で黒い全身タイツとヘルメットのおじさんがやっていたことと同じことを、東がして見せた。一部の男子がそれに反応して、東に話しかけた。「スーパーステッキも持ってるんだぜ」と東が言うと、羨ましがる声がした。東が威張った。


『…ばかみたい』
『えっ? 怪獣チュパカブラーンが好きなの? 変わってるね、北くん…』
『ばかみたいって言ったんだよ!』


 東は、誰がばかなのかを考えているみたいだった。理解力が皆無に等しい、これだから子供は嫌いなんだ。必死になって勉強して、いい子だって褒めてもらおうと猫かぶってるオレのほうが馬鹿みたい。


『ばか、って?』
『お前がばかだって言ったんだよ! ああもう、これくらい分かれよ! あれはただの変な服を着たおっさんとおばさんで、あの技だって、すっごい機械を使ってやってんだ! 敵だって、この世にはいないしさ! お前が好きだって言ったスーパーブラックだってな、お金が欲しくてやってるんだよ! 第一…』
『……』


 このときになってやっと俺は、東が黙り込んでしまっていることに気が付いた。思い返してみると俺は、最低なことばかり東に言ってしまった気がする。中には、俺が勝手に考えて言った、事実とは全く関係のない情報もあるというのに。久しぶりに、こういう奴から話しかけられたんじゃないか。何で、こういう言い方しか出来ないんだよ。自分の、こういうところが好きじゃない ん  だ。


『……東?』
『…』
『…な、東…』
『すっごーい!』


 東は、同級生からそのような発言をされたことがないらしく、俺の長い発言に驚いたのだと、まとめきれていない言葉で少しずつ話してくれた。久しぶりに聞く、自分に向けられた同級生の言葉が、暖かく感じた。


 その日以降、少しずつだけれど、東が話しかけてくるようになった。俺は、「お前が話しかけてくるから返してやるんだ」という雰囲気を醸し出しながら会話を続ける。俺からは、絶対に話しかけなかった。(だって、そんなことをしたら東に負けた感じがすると思ったから)それでも話しかけてくる東。内容はいつも同じ、《超人戦隊スーパーマン》か、その日に習った授業でわからなかったところ。内容を理解しているかどうかは怪しかったが、人に何かを教えるのは好きだから(そのときだけは、自分の方が勝っていると言う優越感に浸れるから)気にしない。重要なのは、同級生と会話していると言う事実だけ。




「北ー! 東が外で待ってるよー! 早くドア開けて出て来ーい!」
「…自分で自分の名前を呼んでるよ、あいつ…」


 ばっかじゃないの、と小さく漏らしながらも、顔は緩んでいた。東の前ではこんな顔をしない。 …絶対に、あいつよりも上の立場で居たいから。どんな方面でも、俺が優位に立って、何も理解できない馬鹿な東に教えてやるんだ。


「もしかして…本当に居ないのー? 北はオレに嘘ついたのー? 今度の週末は暇だって言ったじゃーん!」


 うるさいな、と言いながら一回に降りていって、ついでに家族に声をかける。東の声は止まない。俺が来るとわかっているから、来るまで止めないだろう。靴の中に足の先だけ入れて、鍵を開ける。ノブを回して所在を確認しようとすると、ドアの真正面に立っていたらしい東の体にぶつかった。痛い、という小さな悲鳴が聞こえてきた。俺はわざと冷たく言い放つ。


「…東、近所迷惑とはお前のことだ」
「えっ、酷いよ!」
「そうやって大きな声を出すなと言ったんだ」
「……」
「かと言って黙り込むな」
「どうすればいいんだよ!」


 こいつをからかうと反応が面白いから、つい笑う。それにあわせて、東も笑いかけてくる。自然な笑い方、俺には出来ないような。


「よっし、今日は一日ゲームだ! 北、プレ2持ってきて!」
「…お前……今日はテスト勉強…」
「遊ぶよ、北!」
「……」


 思い返してみたら、俺は東に振り回されっぱなしだ。